Διόδωρος Κρόνος の主論證
Diodorus Cronus
Jean-Pierre Dupuy「ありえないことが現實になるとき ――賢明な破局論にむけて」2002Jean-Pierre Dupuy「ありえないことが現實になるとき ――賢明な破局論にむけて」2002.icon
真理という謎 | マイケル・ダメット, 藤田 晋吾 |本 | 通販 | Amazon
Diodorus Cronus - Wikipedia#Master_argument
アリストテレスはその著作『解釈について』において、未来の不確定事象に関する問題と格闘していた。特に、未来が不確定である状況下において、現在の時点で未来の不確定事象を真または偽と意味のある形で判断することが可能かどうか、またその方法について考察していた。
これに対してディオドロスは、可能なことは必然的なことと同一である(すなわち偶然的なものではない)と主張した。つまり、未来は過去と同様に確実で明確なものであるというのである。アフロディシアスのアレクサンドロスによれば、ディオドロスは、現在起こっていること、あるいは将来のある時点で必ず起こることだけが可能であると考えていた。記録されていない過去の事実について語るとき、我々はその事実が確かに起こったか、あるいは決して起こらなかったかをよく知っている。しかしどちらが正しいかは分からず、したがって我々はその事実が起こった可能性があるとだけ認めるのである。未来についても同様に、ある特定の事実がいつか起こるという主張が確実に正しい場合もあれば、決して起こらないという主張が確実に正しい場合もある。つまり、いつか起こるかもしれないし、起こらないかもしれないという主張は、どちらが正しいかについての我々の無知を表しているに過ぎない。いかなる時も決して起こることのないことは、不可能である。
ディオドロスはさらに、後に「支配的論証」(または「主権的論証」:ホ・キュリエウン・ロゴス/ὁ κυριεύων λόγος/)として知られるようになる論証形式を構築した。その最も簡潔な説明は、エピクテトスによって以下のように与えられている:
「マスター命題」と呼ばれるこの論拠は、これらの原理に基づいて提唱されたと考えられる:実際には、これらの3つの命題の間には相互に矛盾する関係が存在し、それぞれ2つの命題が互いに矛盾している。命題は以下の通りである:(1)あらゆる過去の真理は必ず必然でなければならない;(2)不可能は可能から導かれることはない;(3)真でもなければ真となることもない何かが存在する。ディオドロスはこの矛盾を指摘し、最初の2つの命題の論証力を用いて、以下の命題の証明を行った:「真でもなく、今後も真となることがないものは、いかなるものも可能ではない」。
エピクテトスによる「主論」の記述は、ディオドロスが提示したであろう形式とは異なっているため、彼の主張の正確な性質を特定するのは困難である。現代の論理学者にとって、これら3つの前提がなぜ矛盾しているのか、また最初の2つが必然的に3番目の前提を否定することになるのかは自明ではない。このため、現代の解釈では、ディオドロスやその同時代人たちが暗黙のうちに前提としていた、追加の前提が存在していたと推測されている。
一つの可能な再構築は以下の通りである。ディオドロスに関して言えば、もしある未来の事象が起こらないのであれば、過去においてその事象が起こらないという事実は真実であった。あらゆる過去の真理は必然的である(命題1)ため、過去においてその事象が起こらないという事実は必然的であった。不可能は可能から導かれることはない(命題2)ため、当該事象が発生することは常に不可能であったに違いない。したがって、何かが真実にならないのであれば、それが真実になる可能性は永遠に存在せず、これにより命題3が偽であることが証明される。
エピクテトスはさらに論を進め、パントイオス、クレアンテス、タルソスのアンティパトロスの三者が、第二命題と第三命題を用いて、第一命題が誤りであることを証明したと指摘している。これに対しクリュシッポスは、ディオドロスと同様に過去の出来事としての真理はすべて必然的であるとは認めたものの、可能的なものは必ず真であるか、それとも将来真になるかのどちらかであるというディオドロスの見解を批判した。そこでクリュシッポスは、第一命題と第三命題を用いて、第二命題が誤りであることを証明したのである。
Problem of future contingents - Wikipedia#Aristotle's_solution
アリストテレスはこの問題を解決するため、二値原理がこの海戦のパラドックスにおいて例外となる場合があると主張した。具体的には、両選択肢が同時に成立することが不可能な場合が存在するというのだ。つまり、戦闘が起こるか、あるいは起こらないかのどちらかであり、両方が同時に成り立つことはない。今日においては、これらの命題は真でも偽でもない。しかし、一方が真であるならば、他方は必然的に偽となる。アリストテレスによれば、今日の時点でこの命題が正しいかどうかを断定することは不可能である。我々は戦闘の偶発的な実現(あるいは不実現)を待つ必要があり、論理はその事後において初めて明らかになるのである。
このような場合、二つの命題のうち一つは必ず真であり、もう一つは偽でなければならない。しかし、どちらが偽であるかを確定的に述べることはできず、この場合も選択肢を未決定のまま残さざるを得ない。確かに一方が他方よりも真実である可能性が高い場合もあるが、実際に真であるか偽であるかを断定することはできない。したがって、肯定命題と否定命題のうち、一方が真で他方が偽でなければならないという必然性はないことが明らかである。なぜなら、潜在的には存在するが実際には存在しないものについては、実際に存在する場合に適用される法則は適用されないからである。(第9節)
ディオドロスにとって、未来の戦いは不可能な事態か、あるいは必然的な事象のどちらかであった。アリストテレスはさらに第三の概念――「偶然性」を追加した。これにより論理は維持されつつ、現実においては不確定性の余地も残されることになる。必要なのは、明日戦いが起こるか否かということではなく、その二元論そのものが必然であるということだ:
海戦は明日行われるか、まったく行われないかのどちらかでなければならない。しかしそれが明日行われることは必須ではないし、また行われないことも必須ではない。ただし、それが明日行われるか行われないかのいずれかであることは必須である。(『解釈について』9巻19節a30)
Diodorus Cronus (Stanford Encyclopedia of Philosophy)#2.1 The Master Argument
主論証の主要な根拠はエピクテトスの著作に由来しており、彼は以下のように述べている:
海戦は明日行われるか、まったく行われないかのどちらかでなければならない。しかしそれが明日行われることは必須ではないし、また行われないことも必須ではない。ただし、それが明日行われるか行われないかのいずれかであることは必須である。(『解釈について』9巻19節a30)
エピクテトスの報告からは、以下の情報が得られる:
(MA1)あらゆる過去の真理は必然的である。
(MA2)不可能なものは可能なものから導かれることはない。
(MA3)真でもなければ今後も真となることのない、可能な真理が存在する。
しかしこれら(MA1)から(MA3)までの命題は、互いに矛盾する三項集合を形成すると報告されている。したがって、我々はこれらのうち少なくとも一つを否定しなければならない。ディオドロスは(MA3)を否定した。すなわち、彼は以下のように主張したのである:
(D)あらゆる可能な真理は、真であるか、または将来的に真となるかのいずれかである(ボエティウス『アリストテレス『解釈について』注釈』234.22–26節=ドリング版138頁参照)。
Fatalism (Stanford Encyclopedia of Philosophy)#2. Logical fatalism: Diodorus Cronus and the necessity of the pa
ディオドロス・クロノス(紀元前4世紀末~3世紀初頭)は、宿命論を主張する「主論」として知られる論証を展開した。その結論は「可能なものは、それが現在存在しているか、将来実現するかのいずれかである」というものであった。我々は前提条件については知っているが、残念ながら中間的な論理展開の過程は不明である。提示された前提条件は以下の通りである:(1)「過去において真実であったものはすべて必然的である」、(2)「不可能なものは可能なものから導かれない」(Kneale & Kneale 1962, 119)。
論理学の歴史 - Wikipedia#ストア論理学
樣相。アリストテレスによると、當時のメガラ學派は可能態と現實態の區別など存在しないと主張した。ディオドロス・クロノスは可能なものとは現在存在するもの又は未來に存在するだらうものだと定義し、不可能なものとは未來に眞でないだらうものだと定義し、不定のものとはすでにさうであるものか又は未來に僞であるだらうものだと定義した。ディオドロスは、「過去に存在したものの全ては眞かつ必然である」、「不可能なものは可能なものから生まれえない」、「現在存在しないし未來も存在しないだらうものは可能である」の三命題は定立しえない、といふいわゆるマスター・アーギュメントでも有名である。ディオドロスはこの三命題のうち前二者に尤もらしさを用いて、現在存在しないし未來も存在しないだらうものは不可能であると證明した。對照的にクリュシッポスは第二の前提を否定して、不可能なものは可能なものから生まれうると述べた。
河谷淳「「マスター・アーギュメント」をめぐる様相論 : アリストテレス/ディオドロス/クリュシッポスの様相論」2023
第1命題:あらゆる過去の眞なることは必然的である←→クレアンテス
第2命題:可能なことから不可能なことが歸結することはない←→クリュシッポス
第3命題:現在において眞であるわけでも未來において眞となるわけでもないことが可能である←→ディオドロス
Nicholas Denyer "Diodorus Cronus : Modality , the Master Argument and Formalisation" 2009
A. N. Prior の時相論理に基附き、時相演算子$ F,$ Pを以下で定義する
時點の集合$ Wが得られ、現時點を$ c\in Wとする
時點$ t\in Wから時點$ s\in Wへ到達可能である事を$ t\le s或いは$ s\ge tと書く (S4 樣相論理 (KT4))
時點$ tで命題$ Aが眞である事を$ @_tAと書く
命題$ @_cFAは、現時點$ cから到達可能な未來の少なくとも一つの時點$ tに命題$ Aが眞と成る事$ \exist t_{\ge c}@_tAを言ふ
命題$ @_cPAは、現時點$ cへ到達可能な過去の少なくとも一つの時點$ tに命題$ Aが眞と成る事$ \exist t_{\le c}@_tAを言ふ
Διόδωρος Κρόνος と A. N. Prior に據れば、可能$ \lozengeと必然$ \squareの樣相演算子は、任意の時點$ @_tからの未來に就いて定義される
可能なものとは現在存在するもの又は未來に存在するだらうものだ$ @_t\Diamond x\iff @_tFx
不可能なものとは未來に眞でないだらうものだ$ @_t\neg\lozenge x\iff @_t\neg Fx
不定のものとはすでにさうであるものか又は未來に僞であるだらうものだ$ @_t\neg\square x\iff @_t(Fx\land F\neg x)
必然$ @_t\square x\iff @_t\neg F\neg x
脇條靖弘「ディオドロス・クロノスの様相理論の決定論的含意について (研究ノート)」2014
樣相
必然$ @_c\square p:=\forall t_{\ge c}@_tp
不可能$ @_c\square\neg p:=\forall t_{\ge c}@_t\neg p
偶有的 (不定)$ @_c\neg\square p:=\exist t_{\ge c}@_tp\land\exist t_{\ge c}@_t\neg p
命題
1. 過去についての眞なる命題はすべて必然である$ Px\to\square Px
2. 不可能なことが、可能なことから歸結することはない$ ((x\to y)\land\square\neg y)\to\square\neg x
3. 實現しない可能性がある$ \neg\square Fx
支配する者の議論 (master argument。hokyrieuōn logos)
太郎が死去する時點を$ dとし、太郎が支配する反實假想の時點を$ vとして、命題「太郎が支配してゐる」を$ mと書く
前提
太郎は結局生涯支配することのない者だとする$ @_d\neg Pm
主張
i. 太郎は今支配してゐる$ @_vm
ii.「太郎は支配するだらう」はずっとその通りであった$ @_v\neg P\neg\Diamond m
iii.「太郎は支配するだらう」はずっと僞であった$ @_dP\neg\Diamond m
議論
iii. は命題 1 に依り必然$ @_d\square P\neg\Diamond m
ii. は iii. と矛盾するから不可能$ @_v\square\neg(\neg P\neg\Diamond m)
前提が iii. を歸結する$ @_d\neg Pm\to @_dP\neg\Diamond mやうに、i. は ii. を歸結する$ @_vm\to @_v\neg P\neg\Diamond mから、命題 2 に依り i. も不可能$ @_v\square\neg m
依って命題 3 を否定できる$ \neg\exist v@_vm
あるものが存在してゐる閒、それは存在しないといふことはできない$ x\to\neg\neg x
古典論理や直觀主義論理では恆等式
二重否定 (否定の否定) の導入
以下の三命題は全立しない
$ \neg Fx\land \lozenge x.
Something is possible that neither is true nor will be
現在存在しないし未來も存在しないだらうものは可能である
その實現が、現在でも未來でも決して起こらなかった可能態といふものがある
實現することが決してない可能態はある
實現しない可能性がある$ \neg\square Fx
反實假想未來
A. N. Prior に依る樣相演算子の定義を認めれば$ \neg Fx\land Fxと、古典論理では矛盾
統一を保つ = 虛構を拒む
(ⅱ) 行動 A は、それを行なふか行はないかが私の意のままになる
投企の時閒はこれを否定する (統一を失ふ = 虛構を許す)
$ Fx\lor\neg\lozenge x.
https://gyazo.com/bd425b7deb0bb3fb136a8b3a3bd0b8ca
現在存在しないし未來も存在しないだろうものは不可能である
あらゆる可能態は、現在においても、未來においても實現する
抑止
投企 (Entwurf)
$ (\lozenge x\land\neg\lozenge y)\to\neg(\lozenge x\to\lozenge y).
The impossible does not follow from the possible
不可能なものは可能なものから生まれえない
可能態から不可能態となる、そのやうな因果關係はよくない (ありえない)
不可能なことが、可能なことから歸結することはない$ ((x\to y)\land\square\neg y)\to\square\neg x
古典論理では恆等式
connexive logic っぽくもある?
A. N. Prior に依る樣相演算子の定義を認めれば$ ((x\lor Fx)\land\neg y\land\neg Fy)\to\neg((x\lor Fx)\to(y\lor Fy))
全體を保つ = 假象を拒む
(ⅰ) 行動 A は、その後に起きる事件 B と積極的な相關をもつ
歷史の時閒はこれを否定する (全體を失ふ = 假象を許す)
$ (\lozenge x\land\neg\lozenge y)\land(\lozenge x\to\lozenge y).
https://gyazo.com/3584c73fbfb1d4f45935ff4a147fce94
不可能なものは可能なものから生まれうる
豫防
$ Px\to\square Px.
Every past truth is necessary
過去に存在したものの全ては眞かつ必然である
過去は撤囘できないものである
過去についての眞なる命題はすべて必然である$ Px\to\square Px
A. N. Prior に依る樣相演算子の定義を認めれば$ Px\to(Px\land\neg F\neg Px),$ @_c(\exist i_{\in\{i|i<c\}}@_ix\to\forall j_{\in\{j|c\leq j\}}\exist k_{\in\{k|k<j\}}@_j@_kx)
A. N. Prior の時相論理の公理$ x\to\neg F\neg Px,$ @_cx\to\forall i_{\in\{i|c<i\}}\exist j_{\in\{j|j<i\}}@_i@_jxに對應する
明晰を保つ = 乖離を拒む
(ⅲ) 私は、行動 A をとるかとらないかといふ私の意圖とは獨立に、B が起きるか否かを知り得る
說話の時閒はこれを否定する (明晰を失ふ = 乖離を許す)
$ Px\land\neg\square Px.
過去は別樣で有り得た
敎訓